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黒田精工株式会社
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写真:3倍リードボールねじ

「一見単純そうに見えるボールねじほど、口説きがたい相手はいません。なかなかウンとは言ってくれない」。こう言って苦笑するのは、現かずさ工場BS技術部長の米川 泉である。
ナット内に入れられた鉄製の数十個の小さなボールによって、摩擦を少なく、かつ小さな動力で物を移動させることができるボールねじの構想が登場するのは1898年(明治31年)のこと。しかし、この時はまだ実用化には至らなかった。工業製品としての道が開けるのは、36年(昭和11年)になってから。米国GM(ゼネラル・モーターズ)社が、自動車のステアリングにボールねじの機構を取り入れたのが実用化の第1号となった。
その後、NC工作機械の登場によってボールねじは一気に普及した。日本でもモータリゼーションの波に乗って、59年頃から大手精密加工メーカーがボールねじ式ステアリングと単体ボールねじの生産を開始した。60年代に入ると、NC工作機械用の精密ボールねじも生産されるようになった。こうした時期での米国・スカリジョンズ社との技術提携だったわけだが、先行する大手メーカーの市場独占状態と需要の伸び悩みで黒田精工のボールねじ事業は苦戦の連続だった。68年に量産体制を目指して「ボールねじプロジェクトチーム」を編成、主力製品に育てるための努力が続いたものの、売り上げアップにはつながらなかった。黒田製ボールねじ事業が軌道に乗り始めるのは87年から。NC工作機械だけでなく、血液自動測定器、人工呼吸器、レントゲン台やベッドのリクライニングなどの医療機器、などの用途が著しく広がったためだ。これらの中で黒田精工が注目したのが、IC生産設備用のボールねじだった。このねじは、ピッチの精度とともに低騒音化、低発塵化を求められる。こうした製品造りの中で誕生したのが超高速対応のボールねじ。産業用ロボットなどの高速位置決めや高速送りなどに対応したものだ。通常の製品は、ねじ溝が一本の「一条ねじ」と呼ばれるもの。それを三倍の「三条ねじ」にした。つまり一本の軸に三本の溝をつけたわけだ。これにより、駆動モータの回転数を大きくすることなく、低回転数での高速送りが可能となり、振動、騒音、発熱が軽減される。軸が1回転するたびにナットが何ミリ進むかをリードということから、「三倍リード」「超ハイリード」と呼ばれている。『恐らく世界初で世界一の精度』と胸を張る米川が次なるターゲットとしているのが、高精度、高速化プラス対環境の製品だ。「真空、高温、薬品などの化学処理下で使えるものをどう造るかです」口説き落とせない相手を前に、「恋の駆け引き」は当分続く。

こちらの記事は、1996年2月から同年8月にわたり日本工業新聞に連載されたものに加筆したのです。

黒田精工 開発秘話 Vol.2 米国仕込の営業活動

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